金は貨幣つまり「通貨としての地位」から引きずり下ろされてしまった。
金は単なる「商品としての地位」に追いやられてしまった。 表面的に見ると、あたかも、日本と西ドイツに「モノ作り」で競争力を失いドルを守りきれなくなって、ブレトンウッズ体制の中心国の立場を放棄したように見え金のこの「本源的価値」にベールをかぶせ、あたかも金から「本源的価値」が消失してしまったように人類に思いこませる魔法をかけたのが、「N・ショック」であった。
金貨が「貨幣の王」であったのは、金には人類の心を捉えて離さない魔力が秘められているからである。 この魔力が金の内在的価値の源泉であり、金の「本源的価値」である。
私は「N・ショック」を覇権(パックスアメリカーナ)維持のための「緊急避難」であり、意図的かつ戦略的に選択された高度な外交政策であったと思う。 なぜならドルはN・ショックによって、かえって強くなっているのである。
具体的に検討してみよう。 ブレトンウッズ体制では基軸通貨は特権をもつと同時に責任も負っていた。
特権とは紙とインクから作られたドルが世界中で通用することと、対外債務を自国通貨で返済できることである。 責任とは外国政府のドルと金との交換要求に応じることであった。
そこで世間の通説は、「ブレトンウッズ体制の崩壊の始まり」とか、「ドルとアメリカ覇権の崩壊の始まり」との解釈を取った。 私はこの解釈は、Nの仕掛けた魔法に引っかかってしまった解釈であると思う。

もし通説のように解釈するなら、今日アメリカが「独り勝ち経済」を満喫している現実をどう説明するのであろうか。 アメリカの覇権は一度崩壊したが、たまたま運が良かったからアメリカ経済は再生強化されたのだ、とでもいうのであろうか。
しかしこのような見方は、非覇権国的弱小国家の負け犬の遠吠え的いい訳といえる。 パックスアメリカーナ米国主導による国際秩序、国際平和ところがアメリカがドルと金との交換という基軸通貨の責任を放棄したにもかかわらず、ドルは依然として基軸通貨の特権を享受し続けている。
ドルは責任が無くなっただけかえって強化されているのが現実である。 これぞまさしく「戦略的ドルの開き直り」であった。
他国に対して負けた振りをしながら、アメリカはおいしい果実を以後 2000年も食べ続けられるシステムを作ることに成功した。 と同時に、貨幣の世界から「金」を隠してしまった。
「通貨としての金」にベールをかけてしまったので、金から「貨幣機能」が見えなくなってしまった。 「商品としての金」にスポットライトが強く当てられるようになったのである。
「N・ショック」により、このときから金は魔法をかけられた眠れる森の美女のように、「通貨としての金」として振る舞う事をやめてしまった。 しかしながら、どんなにベールをかけられても、人類6000年の歴史とともに歩んできた金に内在する「本源的価値」および「貨幣機能」は、消え去るものではない。

現在、金は「通貨としての金」の側面を人々の前に見せていないが、「金」と「貨幣」の関係が切断されている時間は、両者が密接に結び付いていた時間と対比すれば一瞬のまばたきに過ぎない。 IMF(国際通貨基金)戦後の国際金融体制を支えてきた   主に固定レート制と通貨安定化に必要な資金を融資する役割を担っているたんに金貨を発行するというだけでなく、金本位制という通貨制度として金と貨幣が結び付けられたのは、1816年のイギリスにおいてであった。
その後、ドイツ、フランス、帝政ロシア、日本などが順次金本位制を採用していった。 1900年に、アメリカが金本位制を採用して、国際通貨体制は古典的金本位制時代に入ったといわれている。
1914年に第1次世界大戦が始まると、各国は金本位制を停止した。 金を失いたくないために緊急避難として、各国は自国通貨と金の交換つまり交換を停止した。
1918年に第1次世界大戦が休戦を迎えると、戦後体制の櫛築に向けて翌年ベルサイユ会議が開かれたが、その後の新しい国際通貨体制の再建にはてまどった。 やっと1925年に、イギリスが金本位制に復帰して再建金本位制がスタートした。
1929年にアメリカの株式大暴落が発生したため、1931年にイギリスが金本位制を停止した。 これを機に、再建金本位制は崩壊した。
第2次世界大戦が終結する1年前の1944年に、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズで戦後の国際通貨体制が検討された。 連合国国際通貨会議といわれ、この会議でIMF(国際通貨基金)と世界銀行の創設が決まった。
アメリカのWワイト案がイギリスのKインズ案をしりぞけ採用された。 ここにその後のポンド  からドル覇権への政権交代が暗示されていた。
国際通貨体制の歴史からは、地球規模の大戦争の後には、戦勝国が自国に有利な国際通貨体制を主導する現実が読みとれる。 ところで、1989年には 3月にベルリンの壁が崩壊し、3月にはB大統彼とGルバチョフソ連共産党書記便のマルタ島での首脳会談で「冷戦の終結」が合意された。
いわゆる冷戦構造の崩壊である。 しかしここで注意しなければならないことは、「冷戦の崩壊」という言葉である。
日本人はこの「冷戦の崩壊」を安易に使っていないだろうか。 「冷戦の崩壊」という言葉には、ほうっておいたらソ連が自然に崩壊していったという響きがある。

しかし現実はそんな生易しい話ではない。 アメリカは大幅財政赤字や対外債権国から対外債務国への転落という危険を制してまで、悪の帝国ソ連を叩き潰す総力戦を行っていたのである。
アメリカの第3次世界大戦ともいうべき東西冷戦に何が何でも勝利しようという決意と大戦略の存在を忘れてはならないのだ。 アメリカにとって「冷戦の崩壊」は、血みどろのコストと犠牲の代償の結果手にした戦利品である。
自ら勝ち取ったものだ。 ということは敵に勝つためのコストと代償は、計算ずくでやっていたのだ。
SDI(スターウォーズ)戦略R大統領の戦略防衛構想。 宇宙兵器を含む核ミサイル攻撃防御システムの研究・開発を推進ところが当時日本では、多くの人がアメリカの大幅財政赤字や債務国転落や軍事力増強の軍事予算増大を非難し、時には揶揄し、大国の衰亡を論じていた。
しかしその後の「アメリカ経済の再生」と「財政の大幅黒字化」を見れば、いかに日本人が物事の本質を見ず、薄っぺらな表層的把握しかできない民族であるかが、痛いほど分かるケーススタディではないか。 アメリカは全体を見通す戦略があればこそ、一時的財政の大幅赤字にもおくせず、冷戦の勝利という目標に邁進したのだ。
そのために経済学を有効に活用した。 戦略的に取り入れられた経済学とは、需要面よりも供給面を重視するサブライサイド・エコノミックスであった。

民主党のCーター大統領から政権を奪回した共和党のレーガン大統領が、この新しい経済学を政治の現場で実践した。 サプライサイド・エコノミックスのポイントは、減税を行うことによりインセンティブが働き、やがて税収は増加するという考え方にある。
Rは「大幅減税」と「規制緩和」を政策の柱とした。

自己破産の実態がよく分かります。断然おトクな自己破産です。
自己破産の企画制作を行う専門会社です。自己破産関連のノウハウを解説します。
自己破産はいかがですか?日本最大の自己破産サイトです。

債務整理で自分磨きをしてみませんか?小さくてかわいい債務整理の登場です。
債務整理です。基本機能も充実した債務整理です。
債務整理はすぐに役立ちます。世界的に有名な債務整理です。

個人再生を使ってみましょう。あなたにぴったりの個人再生が選べます。
幅広い分野の個人再生が完成しました。今季大注目の個人再生が登場です。
個人再生は現代社会で重宝しています。まったく新しい個人再生です。

任意整理はパンチがありますね。任意整理セミナー開催中です。
任意整理の売れ筋情報を載せています。他に例をみない任意整理です。
今や任意整理が揃っています。任意整理の安定性は十分です。

この民事再生は人々を惹きつけます。本格仕様の民事再生です。
民事再生対策の予備知識が満載です。優秀な民事再生だけを求める人に最適です。
民事再生の完全限定グッズとなります。本当に使えるのは民事再生です。